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明日、2月15日は釈尊涅槃会(しゃくそんねはんえ)です。

紀元前486年2月15日、お釈迦様は亡くなりました。

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お釈迦様がお亡くなりになったのは80才の時。

涅槃図では、お釈迦様は娑羅双樹の下で、頭を北にして西を向き右脇を下にした姿で臥し、周囲に十大弟子を始め諸菩薩、天部や獣畜、虫類などまでが集まって、お釈迦様の死を悲しんでいる様子が描かれています。


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今回も小話を書かせて頂きますね。


私達は普段、お金で物を買って生活しています。

スーパー、コンビニ、レストラン。

洋服屋さんや、色々なお店。

誰しもがそうですが、損はしたくありません。

いかに得をするのかを考えて、お金を使っているのではないでしょうか?

買い物で大切なのは、良い物をいかに安く買うかです。

同じ商品でも値段が違うのは当たりまえ。

損か得か?

頭をフルに使って損得勘定で買い物をしているのではないでしょうか?

さて、今回のお話のテーマは「布施」(ふせ)です。

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お布施というと、私達お寺の僧侶に対して支払うお金が一般的ですね。

「お布施はいくらですか?」とは良く聞くお言葉です。(笑)

布施とは、「与えること」

他者へ何かを与えることを言います。

ただ金品や物などを渡すことではありません。

相手にとって有益な物、事を、心をこめて与える、差し出す、ことをいいます。

お金や物品を施すことは素晴らしいことですが、毎日となるとなかなか出来る事ではありません。

金品ではない、七つの布施として、「無財の七施」とよばれる布施があります。


①眼施(がんせ)

 優しい眼差し。
 
 「目は口ほどにものを言う」という諺の通り、相手の目を見るとその思いは伝わります。

 相手を思いやる心で見つめると、自然に優しい眼差しになります。

 相手も自分の気持ちを理解して、打ち解けるようになります。

②和顔施(わがんせ)

 にこやかな顔。

 眼差しと同様、顔はその人の気持ちを表します。

 素敵な笑顔、和やかなお顔を見ると、幸せな気持ちになります。
 
 そして周りにも笑顔が広がります。

③言辞施(ごんじせ)

 やさしい言葉を使う。

 相手を思いやる、愛情のこもった言葉、挨拶や感謝の言葉を使うことです。

 言葉は大切です。人同士は言葉によって理解が深まります。

④身施(しんせ)
 
 自分の身体を使い奉仕する。

 お手伝いをする。相手が望むことを実際にしてあげる。

 思っているだけではなくて行動に移すことをいいます。

⑤心施(しんせ)

 思いやりの心を持つこと。

 心を配り、気を配る。共に喜び、共に泣く。

 相手の立場になってみること。

 苦しみを分かち合い、痛みを共有することです。

⑥床座施(じょうざせ)

 席や場所を讓る。

 席や場所だけでなく、何事も独り占めをしない。

 全てのものを分かち合い、譲り合うことです。

⑦房舍施(ぼうしゃせ)

 自分の家を提供する。

 自分の住まいや土地、建物、部屋などを提供することです。

 雨の時に軒下を提供することや、傘を差しかけるのも房舍施です。

 来客に対して思いやりを持つこと。

 もてなす気持ち。


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例えば・・・・人に物をあげて、

「あの人はお礼を言わない」

「あげたのに、何のお返しも無い」

「あんなに親切にしてあげたのに、ありがとうの言葉もない」

「あれほどしてあげたのに、するんじゃなかった」

「人にあげても、何にもならない」


これらは布施ではありませんよね。

見返りを求めない。

布施の心は、相手の態度を見て、

腹を立てて怒ったり、イライラしたり、恨んだり、妬んだり、しません。

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日蓮大聖人「食物三徳御書」

※弘安元年(西暦1278年) 五十七歳御作。身延山中草庵にて書かれたお手紙の一節。

「人に物をほどこせば 我が身のたすけとなる

譬えば人のために火をともせば 我がまへあきらかなるがごとし」

聖人御年57才。身延山のご草庵でお書きになられたお手紙の一節です。

↓私なりの訳。

「人に物をほどこせば、我が身を助けることになります。

例えば、人の為に明かりを灯せば、自分の前も明るくなるのごとしであります。」

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お布施の修行をすることを、布施行と言います。

修行とは教えを実行することです。

教えを実行できれば、自分が変わります。

自分が変われば、周りも変わって行きます。

無財の七施を実行することは、教えを実行することです。

親が子供を育てる様に、大好きな人と接するように。

「無償の愛」。そこには利害関係はありません。

ただ、その子の為にしてあげたい。

愛するその人の為にしたい、と思っているだけです。

ここに「教え」があります。

日蓮聖人のおっしゃる通り、人の為に明かりを灯せば、そこは明るくなります。

人の為に灯した明かりは、自分をも照らす明かりとなります。

「人に物をほどこせば 我が身のたすけとなる

譬えば人のために火をともせば 我がまへあきらかなるがごとし」

灯り(あかり)、灯明とは、闇(無明)を照らす、智慧の光です。

「元本の無明を切る、大利剣、生死の長夜を照らす大灯明。」※御祈祷加持肝文

※元本=根本的な、大本の

※無明=智慧がない迷いの状態

※大利剣=鋭い剣=智慧

※生死の長夜=生き死にを繰り返す迷いの尽きないこと=迷い

※大灯明=大いなる智慧

日蓮聖人のおっしゃる灯り(あかり)は「教え」のことだと私は信じています。

「教え」は自分だけを照らし明るくするものではなく、

皆で、共に、明るく照らされるものだと私は信じています。

優しい眼差し、にこやかな顔、優しい言葉、奉仕する。

思いやり、分かち合い、もてなす。

無罪の七施、布施行を実行して参りましょう。

明日はお釈迦様がお亡くなりになった日です。

お釈迦様を思い、お題目をお唱え致しましょう。



南無妙法蓮華経






yama










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