明日12月8日は、釈尊成道会です。

お釈迦様がお悟りを開いた日です。

今回は、お釈迦様の成道、お悟りを開かれた場面のお話をさせて頂きます。

時は今から約2500年前、インド東部ブッタガヤでのお話です。

さて、釈迦族の王子として誕生したお釈迦様は、29才の時、王宮を抜け出して出家をします。

先ずバッカバ仙人を訪ね、その苦行を行いますが、この道ではないと次の師を求め去ります。

次に、アーラーラ・カーラーマという方の元で修行されます。師匠の説く教えを体得されますが、、この道ではないと次の師を求め去ります。

最後に、ウッダカ・ラーマプッタという方の元で修行されます。ここでも、師匠の教えを体得するも、真の悟りを得る道ではないと思い、師の元を去ります。

6年間、悟りを求め苦行に励みました。

お釈迦様の父、釈迦族の王シュッドーダナは、お釈迦様の警護も兼ねて5人を同行させました。

修行の間には、呼吸をしばらく止める修行、太陽の直射日光を浴びる修行、座ろうとすれば後ろへ倒れ立とうとすれば前に倒れたり片足立ちをするなどの激しい肉体運動など、厳しい修行を行いました。

食事を減らして、わずかな水と豆類などで何日も過ごす断食をしたので、心身を極度に消耗するのみで身体は骨と皮のみとなり、やせ細った肉体となりました。

ここでお釈迦様は、このままの修行では、人生の苦しみを根本的に解決することは出来ないと悟り、難行苦行を捨てられます。

この際、同行していた5人は、お釈迦様が苦行に耐えられず修行を放棄したと思い、お釈迦様の元から立ち去りました。

35才になったお釈迦様は、全く新たな独自の道を歩むことにしました。

汚れた身体を、沐浴したあと、当時の戒律では禁止されていた若い娘さんとお話をし、乳粥の供養を受けられます。

その娘様のお名前を「スジャータ」と言います。

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皆様聞いたことありますよね?(笑)

「スジャータ♪ スジャータ♪ 白い広がりスジャータ♪」等と歌うCMソングが有名な、コーヒーに入れるクリーム、コーヒーフレッシュの商品名ですね。

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ちなみにお釈迦様がお悟りを開いた地、ブッタガヤには、スジャータ村という地名があるそうです。

話はそれましたが、お釈迦様は乳粥の供養を受けて、気力体力を回復して菩提樹の下で、「今、悟りを得られなければ生きてこの座をたたない」という固い決意で瞑想されました。

すると、お釈迦様の心を乱そうと、マーラが現れます。様々な悪魔や魔神の事です。

マーラは、美女、怪物、梵天等様々なものに姿を変え、誘惑を仕掛けます。

そしてまたこうささやくのです。

「人間の基本は、結婚をして家庭を持ち、子どもを持ち、そのなかで幸せに活きていくことだ。」

「妻も子も捨て、父母も捨て、人間として最低ではないか?生きていて何の意味があるのか?おまえは間違っている。」

「人間には、この世の喜びを喜ばずして、来世の喜びなどというものがあるものではないのだ。」

「この世で楽しめるだけ楽しめ。喜べるだけ喜べ。その喜びの量が大きければ大きいほど、来世の喜びもまた大きいのだ。」

しかし、お釈迦様はこれらがマーラの誘惑であると悟り、こうおっしゃりました。

「全てが自由である魂が肉体に宿ることで、目をふさがれ、耳をふさがれ、手足を縛られ暗闇(この世)を歩かされていることを。」

「生き通しの生命である真理を知ったわたしがこの世の死を恐れると思っているのか!」

「お前たちは暗闇をいいことに、罠を仕掛け、多くの人間を地獄に引きずりこんでいる。」

マーラの罠を10、お示しになります。

『欲望』 あれが欲しい。これがしたい。囚われること。

『無関心』 何事にも興味を持てずにいること。

『飢渇』 心の飢えと渇きに苦しむこと。

『妄執』 間違った執着心。

『無気力』 何をする気力もないこと。やる気のないこと。

『恐怖』 怖がってばかりいること。

『猜疑心』 人を疑い、妬んだりすること。

『怒り』 腹を立てること。嫌だと思うこと。

『強情』 意地を張って、自分の意見を変えないこと。

『名誉欲』 名誉を望み求めること。

「マーラよ!お前たちの手の内は全てわかっている。」

「多くの志あるものたちは、お前たちの罠に掛り姿が見えない。」

「全てを悟った(わかった)わたしが、お前たち悪魔に屈するとでも思うのか?」

「神々も、世間の人々も、お前たちを破り得ないが、わたしは智慧の力で魔軍を打ち破る!」

様々な悪魔の妨害が丸一日続き、お釈迦様はついに悟りを開かれます。

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さて、凡人である私達が悟りに到達出来るのでしょうか?

私達の人生の目標地点はどこなんでしょうか?

日蓮聖人は私達の目標地点を「即身成仏」とお説きです。

この身体で、生きたままで仏に成ることです。

先程の、マーラの10の罠に掛からないことです。

するとこんな心になるそうです。

『慈悲』 愛にあふれる心。

『貢献』 人の為に何かをする心。

『探究心』 物事の本質を見きわめようとする心。

『理解する心』 物事の道理や筋道が正しくわかる心。

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10の罠に掛かるより、こちらの方が素晴らしいと思いませんか?

仏様とは。

一言で言えば、「素晴らしい人」「素晴らしい人生を歩んでいる人」だと私は思います。

そうなりたい。そうでありたい。

そうある為には、愛にあふれ、人の為に、本質を見極め、道理が分かる自分でありたいものですね。

お経を読み、意味を知り、実行をする。

朝一番から、お題目を唱える事から始めましょう。

南無妙法蓮華経

お仏壇がある人はお仏壇に向かって、無い人は向かうべき方向に向かって合掌唱題致しましょう。

南無妙法蓮華経




yama






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